| 【歌屋おゆきと申します】 2003.5.14 |
| 今年になって一度も「ひとりごと」を書いていないことに気がついた。去年からあまりにもいろいろのことが急変して時間的余裕があまり持てなかったこと、そして日々のことは日記のようにBBSで書いているせいかなあ。今は究極の現場主義。語るより歌え!前田祐希は今日も歌います。 |
| 【生き続ける奇跡】 2003.6.8 |
| 「世界がもし100人の村だったら」というTV番組を見ました。大人たちのエゴの為に厳しい現実を受けざるを得ない「少年兵」「ロストチルドレン」「教育を受けずに労働をする子供」など、平和惚けしている日本人には信じられない世界がそこにはありました。「私達はいったい何ができるのでしょう?お金がたくさんある人は寄付をしましょう。お金が無いけれど時間がある人は時間を提供しましょう。お金も時間もない人はまずこう言った事実を理解しましょう。」と番組は終わりました。ひとことではとても語れない問題です。簡単には解決される問題でもありません。人という未熟な者たちが繰り返す、弱肉強食な世界。いつもいつも思うこと、完璧な人などいない/絶対に正しい人もいないまず、私達ができることは、ひとりひとり、謙虚な気持ちで、小さな幸せを大切にしていきませんか?その小さな幸せが無謀な世の中に負けないように。生きて行くことは大変なこと。生き続けていることは奇跡。 |
| 【出し汁】 2003.7.20 |
| 極端なことは一般的に想像しやすいもの。極端に辛いもの、甘いもの、塩っぱいもの、酸っぱいもの出し汁のほのかな奥深さを感じさせる、そんな微妙な味わいを持ちあわせた人でありたいと切に思う今日この頃。 |
| 【万華鏡】 2003.9.9 |
小さな穴を覗く
あっ、なにか見える
一回し
あっ、変わった
また一回し
あっ、またまた変わった
祐希が歌う
一回し、
ほら、もうひとりの祐希が歌う
また一回し
ほら、また違う祐希が歌ってる |
| 【声】 2003.9.21 |
| 「声」は唯一、人体を持って完結する旋律楽器である。己の人体が楽器であるがゆえに客観的なサウンドになりきれないことも事実。その上、ことばというものがついてくると、その存在は他の楽器と比較出来ない程、特異なものであることは間違いない。特異な楽器を操る奇異な人…… |
| 【音楽と詩】 2003.9.21 |
| 「歌」にとっての「音楽」と「詩」の比重はどうあるべきなのだろうか。私の場合「歌」における「詩」はかなりの比重を占める。その「詩」をどこまで読みこんだかでその曲の完成度が違ってくるし、歌い続けて行く過程で、その詩に対する感じ方が変わって行けば、歌い方もおのずと変わって行く。「音楽」に「詩」を寄り添わせるのか、「詩」に「音楽」を寄り添わせるのか、それとも同格で寄り添いあうのか。今日の私は……。 |
| 【夜空に新星を飾りた】 2003.9.21 |
| 「なぜオリジナル曲をやりたがるミュージシャンが多いんでしょうね。スタンダードナンバーは名曲だから今日も存在するわけでしょ。だからスタンダードをお洒落にアレンジして演奏するのが一番なのに。」と言われ……歴史上、素晴らしいスタンダードナンバーはたくさんありますが、それらの曲も最初から名曲だったわけではありません。はじめは耳馴染みの無い曲でも、演奏され続け、聴衆が聴き続けて行く中で、いつの日か力ある曲はスタンダードナンバーになるのだと私は思います。新しいものだけが良いことだとも思いません。過去からのメッセージをも大切にしつつ、今を生きる私達のメッセージを未来に伝える努力も忘れたくない。新しく生まれる星を夜空にひとつひとつ飾って行けたら素敵だと思いませんか? |