| 【追いこし禁止令】 2002.3.18 |
| ブレヒト/ワイルの三文オペラの中の曲に「人間の努力のむなしさのうた」という曲がある。この曲をshezooが日本語に作 詞したものがある。それはブレヒトの直訳ではない。しかし、まさに現代版。shezooらしい。これは只今マイブーム。一日一度は唱えている。特にお気に入りの部分をちょっと。気になる方は、チェックを。 「人間の努力がいかに足りないかという歌」(歌詞の一部)1 :人は頭を使って生きるというけれどその頭じゃ足りない〜2:知恵をしぼり上を目指すそれも長くは続きはしない〜3:幸せに向かい走り続ける幸せを追い越してしまわぬ程度に〜4:人間なんて救いようがないそれには一発殴るに限る〜→私の場合→1:日々身を持って感じている。この頭じゃ足りないって。→2:三日坊主。とっても得意。→3:私の一押し!どのくらいの幸せに気がつかずにきたのだろう。学生時代の同窓会で「おれおまえのこと好きだったんだよ。」だったら言ってよ〜その時に。青春時代はスピードも出してるからなあ。→4:目に見えない一発を受けながら、実は心の中で……。 |
| 【適温】 2002.5.8 |
| 何度の私が歌うのでしょう。熱過ぎても、クール過ぎても私ではないでしょう。お風呂にもちょうど良い湯加減があるように、ちょうど良い音加減。 |
| 【規則、お約束】 2002.7.25 |
| 「規則、お約束」避けて通れるなら絶対に近づきたく無いのです。本人も驚く程の多重人格を持ち合わせている私の中の何人かは、この「規則、お約束」とも上手に関わっています。でもそんな時の私って真面目!音楽制作関係の仕事をしている時にはこの真面目人格に助けられることも多いのですが、歌う時そしてプライベートには絶対仲良くなりたくない……。良い(エエ)加減が好きなのです。「規則、お約束」は時として新たな何かの可能性を妨げる……。だから、歌うときにも 、過去のデーターの結果でない何かを感じた瞬間、私は「規則 、お約束」から家出したくなるのです。誰が決めたの、なぜ縛られなくてはいけないの?そこから何かが始まるかもしれない のに……。食べたことの無い食材を美味しいと即座に言える人は少ないかもしれません。しかしごく少数ではありますが私の周りにも「美味しい」と言える人々がいます。今のまさに旬の私たちを食べて頂けるように、歌いましょう。 |
| 【Dancing in the dark(私が私らしくあるために)】 2002.3.15-2002.11.25 |
| 「ジャズシンガー」と初めてお会いした方に紹介されることがある。確かに私のCDはジャズヴォーカルのところにも置いてあるし、出演しているのはジャズ系ライブハウス。スタンダードジャズと言われる曲も歌う。でも私のまわりの人はいつもみんな口を揃えて言う。「あなたが歌いたいように歌いなさい」「どんなタイプの歌を歌うのですか?」「エ〜と、ジャズとふつうの歌?とクラシックとインプロヴィゼ−ションと語りとそれからえ〜と……まあそれらを足したり、引いたり、割ったり、掛けたりですね。」「???」「影響を受けた歌い手さんは?」「美空ひばり、スティング 、フレッド・アステア、プラチ−ド・ドミンゴ、イヴ・モンタ ン、ジョアン・ジルベルト」「???」「どんな歌い手さんと似ているのですか?」「エ〜と私ですかねえ」「???」 何かを修得したいと思う時、方法は色々あると思う。ひとつの方法として、その道の尊敬できる人をコピーするという方法 。人によってはコピーし続け、時として結果的にその人を超えてしまうこともあるだろう。ただ私はその方法をとらなかった 。これは、以前クラシックを勉強をしていた時の経験で、いくら先生に説明されても自分なりに納得がいかないと、私という人は前にも後ろにも進めないということを良く知っていたから。そして私はずうっと私の歌を捜し続けた。だから、これかな、あれかな、そっちかなとどんなチャンスでもチャレンジしてきた。私の口癖、「この世で一番信用できないのは私。」その私が捜すのである。これは時間がかかるわけだわなあ。ただ今になって思う、時間かけてきてよかったなあって。可能性ははかりしれない。どの経験も無駄なものはない。随分遠回りした気もするけれど、でこぼこぼこぼこだけど、自分が見えてきた。自分らしい音も聴こえて来た。闇の中で踊り続けていたけれど。 |