| 【先ずはさておき】 2001.1.15 |
| 21世紀がスタート。CDアルバム「One Touch Of Weill」のSTB139スイートベイジルでのレコ発LIVEもたくさんの方たちの応援の元、無事終了。お出かけくださったみなさん、暖かい拍手をありがとうございました。そして今はほっと一息。歌い方を変えたせいか、最近、今までとはチョッと違うお客様もおいでのようで、終演後アンケートを読むのがなかなかおもしろい。これからもマイペースで一歩一歩。私なりのやり方で。でも聴いて下さる方の心に届くように大切に。どうぞよろしくお願い致します。遅ればせながら、年頭のご挨拶まで。 |
| 【生みの親といたしましては…】 2001.2.13 |
| 「One Touch of Weill」が発売されて数週間が経つ。ウチの子達は元気にしているか心配で、折に触れては外出の際に店頭を覗いてくる。お店によって扱いもかなり違い、売れ行きも違うけれど、すでに山積してあったCDが完売しているところもあり、何だかとても嬉しい。試聴版に入れて下さっていたり、丁寧にお勧め曲などを書いて下さっていたり、きれいに特別コーナーにディスプレーして下さっていたり、心から感謝の気持ちでいっぱい。本当にありがとう。あとは、連れて行って頂いたお家で末永くかわいがって頂けますように。 |
| 【終わってしまえば・・・】 2000.2.22 |
| 「月に憑かれたピエロ」と歩んできた1年が終わりました。 仕事を引き受けた当初は、引き受けたことを随分後悔したりもしましたが、シェーンベルグの素晴らしい作品と志津の魅力的な日本語詩、そして共演者のみんなに支えられ、幕を下ろすことができました。本当に長い1年でした。終わってしまえば、こんなことだったのかと思えることですが、自分がステージで歌う姿を想像できたのは、本番1週間前でした。とにかく、みなさんお疲れさま。これからは、各自のフィールドでこの経験を生かして行きましょう。聴きに来て頂いたみなさんもありがとうございました。もしかしたら、私の最後のクラシックのコンサートだったかも? |
| 【ゆらりゆらゆら】 2001.3.6 |
私は私 僕は僕は
あなたはあなた きみはきみは
私は あなたは 僕は きみは
間違えていることなど何もない
正しいことも何もない
笑え人間 ゆらゆら笑え
笑え人間 ゆらゆら笑え |
| 【一人歩き】 2001.4.10 |
・2001年4月ある日都内ライヴハウス
「この間祐希さんの歌っている歌をみんなで歌ったんですよ。」
「えっ?」
「”ひとひらのため息”♪さくらの花の下で〜♪」(まわりにいた人たちも一緒に)
「♪あなたの夢を見ました。帰りみち何かを〜♪」
そおか、あの曲は確かに桜の木の下で歌うにはぴったり。まさに旬の曲。しかし、みんなが突然メロディーもリズムも歌詞も正しく歌い出したのには驚いた。と〜っても嬉しかったです。
・「うちの娘がこの間家で鼻歌歌ってたんだけど、それがなんと”べにのはな”」
私達は最近演奏していなかったけど、ありがとう。この曲は埼玉県桶川市の曲。詩は全国公募で、作曲はShezoo。そんなわけで”べにのはな”だけはシングルカットのCDがあったのですが、Shezooが作詞・作曲したアルバムは5月に遂にリリースする運びとなった”GLACE”が初めて。ほんとうにお待たせしちゃいましたねえ。ごめんなさい。これからはCDが一人歩きして、もっともっとたくさんの方々に口ずさんでもらえますように! |
| 【a'a】 2001.4.15 |
床にその絵を立て掛ける
曇り空の今 重なりあう幾重もの線
壁にその絵を掛ける
西日が差す今 浮かびあがる母なる力
窓辺にその絵を置く
南風が吹く今 踊リでる大きなうねり
両手でその絵を胸に抱く
息もできずに今 トントン流れゆく見えない時
明日の向こうになれたら
長い間着つづけていたコートを脱ぎ捨て |
| 【聴く】 2001.5.18 |
5月4日旭川グランドホテルで催された、JAS創立30周年記念ブラインドゴルフ大会前夜祭。関係者の中にQuipuの作品のファンの方がいて、「ひとひらのため息」「Moons」を演奏してくれれば、あとのプログラムはこちらに任せるとのこと。通常こういうコンサートは、みんなが知っている曲をプログラムに入れて下さいと頼まれることが多い中、これは、なかなか勇気ある提案だ。ただひとつ頼まれたことは、目の不自由な方達に北海道を感じてもらえる曲を入れて欲しいということだった。午前中、羽田から参加者と同じ便で旭川入り。さすがブラインドゴルフを楽しまれる方達だけあって、健常者のサポートがあるとはいえ、みなさんの行動は目が不自由であるとは思えないほどスムーズ。夕方、参加者はまず明日のコース等の説明を聞き、その後、会食会があり、そして最後にコンサート。長い一日を過ごし、次の日は早朝からゴルフ大会。そのような中、正直なところ、コンサートがどのような形で終了するのか私には予想がつかなかった。コンサートがスタート。客席が円形テーブル、まして会食後だったせいもあり、客席からは当初時おり話声も聞こえていた。しかし状況はどんどん変わって行った。私達が一音出すごとに、私がひとこと歌うごとに、次の瞬間その音は、瞬く間に客席に吸い取られて行くのだ。目の不自由な方達が、微動だもせず私達の音楽を吸い上げて行く。おかしな表現かもしれないが、聴いているという表現では甘い。音が吸い上げられ吸い取られて行く。その時私は、実は健常者は目でも音を聴いていたことに気づいた。だから、例えばコンサートの間にちょっとおしゃべりして、そのことで聴こえる情報が少なくなったとしても、目が見えるということで、その不足した音楽は埋められ聴きつづけることができるのかもと。しかし、目の不自由な人にとっては耳からの情報がすべて。その集中力たるや、私の拙い原語力では、到底表現することなどできない貴重で不思議なものであった。アンコールということばが聞こえた時、私の心の中には、とても大きな、とても大きな、何かが残っていた。結局この日のプログラムはすべてQuipuのオリジナル曲つまりshezooの曲を演奏した。彼女の作品からは映像や絵が見えるとよく言われる。聴いて下さったみなさんの頭の中にはどのような映像が絵が描かれていたのだろうか。「この曲を聴くと、北海道の景色を思い出しますね。」と以前言われたことのある、この曲をこの日の最後に演奏した。
「両手いっぱいの風景」 ゆるやかな丘を登りつめて
空に腕をのばす
風に舞う1枚の木の葉
空がくれた 手紙
顔のない写真と語らない日記
月の舟に流そう
空からの手紙を開くとき
心は、ひとみのとびらをあける
風の色、光のまなざし
昨日の夢は思い出せない
空の波に揺られて
昨日の月は、もうのぼらない
限りなく広がるこの大地
耳を澄まし目を閉じる
陽だまりが私を包みこむ
まぶたのむこうに 空が
words by Shezoo
みなさんのまぶたのむこうにはどんな空があったのだろう。 |
| 【爆発】 2001.6.26 |
| このところ昨年の横浜JAZZプロムナードの自分が出演したユニットの演奏を放送で見る機会が続いた。記録用にビデオで撮ることは時々あるが、何台かのカメラであちこちから撮影してくれるのはとても勉強になる。どこをどのように反省したかは後で直っていないと指摘されると困るので、内緒。しかし物凄いことを発見した。どうも私はとても集中すると、こめかみの血管が浮き上がってくるらしい。よく漫画などで怒った時にそんな絵を見た気がするが、まさにアレ!我ながらコワイ!以前「テノールの人が高い音を伸ばしている時は心臓が止まっている」という話を聞いたことがある。血管浮上も一種の職業病かなあ?ある日突然血管が切れて、私もそのままあちらの世界へということがあっても…、まあいいか…。しかし、私ってどんな奴なんだろう。この世で一番わからない奴が私だなあ…。 |
| 【さあどっち】 2001.7.31 |
| 必要とされている限り、人は頑張りがきく。必要とされなくなった時、人は身を引く。わかりきっていることである。それなのに私たちはそんなことで一喜一憂する。私はといえば、そのことではしゃぐ自分も、落ち込む自分も好きにはなれない。今の私は、さあどっち? |
| 【バカになる〜、あ〜でも気持ちい〜】 2001.8.1 |
| 「バカになる〜!あ〜でも気持ちい〜」お酒を飲んでいる時のbちゃんのご主人のおことば。わかるなあ!お酒を飲む度に脳細胞は失われて行くらしい。ある日突然、脳細胞がまったく無くなっていたりして…。ビール片手に暗譜をしたりしている私の脳細胞は…壊れているだろうなあ、間違いなく! |
| 【Where am I?】 2001.8.28 |
| 人生はfade outのような気がしている。でもある日突然の
cut offもある。誰にもわからない。いつかそのうちにはある。けれど無いのかもしれない。人生の終幕にVサインを出したいから、前向きに時の波を泳いで行きたい。そうは思っても歯車が空回りするとその場にうずくまり動けなくなってしまう。自分だけではない、誰もがその空しさと共存して生きているのだと思う。そしてまた波の中に身をゆだね、脳天気に泳ぎ始める。私は祐希。 |
| 【ベルリンといえば】 2001.9.6 |
| まだ東西ドイツだったころ、某S嬢と私はポンコツ車で西ドイツから、東ドイツの中にある西ベルリンを目指していた。当時、東ドイツ特に国境地点で、なぜか西の人間がらみの不可解な事故や事件が続いて、とにかく西ベルリンに入るまでは、何があっても絶対止まってはいけないと言われていた。出発前に準備万端整えたはずだったのに、緊張の余りか恐怖心の余りか、東ドイツのアウトバーンに入るや否や自然が私を呼び始め…。「えっ、うっそう〜」東の車は何キロで走ってもOK。それなのに西の車は少しでもスピード違反をしているとどこで見ているのか、アッという間に捕まってしまう。だから速く走るわけにもいかず…。それから5時間。長かったア…。そして遂に「チャーリーズ・ポイント」という悪名高きゲートから、無事国境を越え、目指すはあの個室。それなのに車を降りた私は歩けない。なぜか足が前に出ない。いっやあ、実に貴重な体験でした。あっそれから、無事事無きを得ましたので念の為。 |
| 【何と申しましょうか】 2001.12.13 |
| 何を隠そう、私は大変なド近眼。眼鏡またはコンタクトレンズがなければ何も見えないと言ってよい程。そうそう、昔よく使っていた視力検査表の一番上の字も当然見えません。そんな私が先日コンタクトレンズを片方なくした。朝、片目に入れ、もう片方に入れようとしたらケースの中に無い!!!うっそ〜と思いながら必死で捜す。どこにも無い!!!一時間後捜索を諦めた私は新しいコンタクトレンズを電話で注文、翌日お店に出向く。店員「お客様、保証期間が5日前に切れていらっしゃいますので実費を頂きます。」祐希「えっ。5日前!……。ちょちょっと待って。それじゃ今までためたサービスポイントで払えますか?」店員「ポイントをお使いになるのですね。お使いになって良いのですね!」祐希「ははい……」新しいコンタクトレンズは御機嫌な程良く見える。それにしても古いコンタクトレンズは良く見えないだけではなく、装着感も良く無い。やはり新品に限るなあと御機嫌な私。そして4日が過ぎ……。朝、ぼーっとした頭で入れる前の1枚のコンタクトレンズを見て、こんなに厚かったかなとふと思う。しかし当然そんなもんよねえと思い作業は終了。相変わらず古いコンタクトレンズの調子は悪い。仕事に行く道中も、今日は気張っていかなくてはいけないのにちょっと憂鬱だなあと、メローな私。その時、そしてそしてそして、突然ひらめいた!!!まっさか!!!古いコンタクトをはずし、えいやあと爪を差し込む……2枚に別れた。2つの「目」に3枚の「コンタクトレンズ」。ちなみに私の視力は左右同じ。そう言えば、2週間程前、酔って居酒屋の洗面所でコンタクトレンズを外そうとして見失い捜していた知人のEさんに「ケースの中にあるのでは」と冷静なアドヴァイスをしていたのは私です。あの時はholderにはまらず、下に沈んでいた。今回はお察しの通り、片方に2枚しまっていたというわけで……お恥ずかしい。 |